16.おつかい

 ねむい。目覚ましが五月蠅いのに殺意を抱き黙らせる。
 ガッシャン!
 ようやく静かになった。
 死人にくちなしとはよく言ったものだ。成仏してくれ……。
 今までどれほど屍を築いただろう。両の手では数え切れまい。
 現代日本においてこれほどまで屍を築いた者はほかにいまい。
 馬鹿な考えをやめ、再び意識は惰眠をむさぼるべく浮遊しはじめる。
 ゆらゆらと、ユラユラと。
 心地よく。ゆらゆらと。
 躰も揺れる。ゆさゆさと。
 ??
 しだいに揺れは激しくなり、かえって意識の浮遊間は失われてしまった。
「兄貴」
「……」
「兄貴ってば」
「……ン」
「腹減った」
「……休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよ」
 時間を確かめようと枕元にあった目覚まし時計に手をのばす。
 ……ない。おかしいなどこにやったんだ?
「休みでも腹は減る」
「そりゃそうだが」
「だから朝飯」
「パン焼くくらいできるだろ」
 いくら料理下手の妹でもそれくらいはできる。
 三回に一回は炭にしてくれるが……。
 どうやったらパンを焼く程度であそこまで失敗できるんだか不思議だ。
 勝手に〈妹の七不思議〉に数えている。
「フレンチトースト」
 ……朝っぱらから面倒なもん注文すんなよ。
 仕方ないので瞼を擦りながら上半身を起こす。
 眠い。
 視界の片隅に何かの残骸が見えたが意図的に無視する。
 さらば13代目。俺の分まで眠ってくれ。
「ツナサラダも食べたい」
 はあ……。
 台所へ行き冷蔵庫と開ける。トマト、レタス、キュウリがある。
 次に戸棚を開ける。
 まじかよ……。
 ツナ缶がない。いつもなら一、二個あるというのに。なんで今日に限って……。
 妹に視線を向ける。
「ツナサラダ」
 ……女は特だ。可愛らしくちょっと拗ねてみせれば、それだけで十分脅迫になる。それ がいつも無表情な女なら核ミサイルを突きつけられる気分だ。
「……なあ、なんでツナサラダが食べたいんだ?」
 ここはトマトサラダで勘弁してもらおうと交渉を開始する。
「ツナが食べたいから」
「トマトは体にいいんだぞ?それにこのトマトは有機栽培で……」
「ツナ」
「……どうしてそんなにツナが食べたいんだ」
「ツナだから」
 妹が何かを渡してきた。
 黒い皮でできた飾り気のないもの。紙を入れたり、丸い金属を入れたりする。
 ぞくに財布と呼ばれるもの。
「いってらっしゃい」
 ……いってきます。
 コンビニで時計を見るとまだ七時前。
 そこで妹が目覚ましを早めたことに気づいた。
 ……鬼。

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