17.もう一杯

 十月下旬、夜遅くになれば吐く息は白い。
 空気の澄んでいる季節は好きだ。星がよく見える。
 秋と冬になるとおれはよく星や月を見上げる。特に好きなのは月が動いているのを見 ることだ。
 じっと見つめていれば、空が動いているのがわかる。
 コペルニクスがなんと言おうと、天が自分を中心にまわっていると錯覚をする。
 ベランダの手すりの上に両腕を組み、顎をのせる。
 ビル群とそのすぐ上にある月との間が少しずつ開いていくのがわかる。
 空が動いている。
 ガラス戸が開けられ、紅茶の芳香がしてくる。
「寒くないか?」
「兄貴は?」
「寒い」
「そうだね」
「ほれ」
 差し出されたカップからはアールグレイの香りがした。
「ありがと」
「なあ、ちょっと出かけてきて……」いいか?とは言わせない。  まだ熱い紅茶をほとんどいっき飲みして兄貴に返す。
「もう一杯」
 何度目になるかわからない台詞を繰り返す。
 兄貴は今日の夜遊びを諦めたようだ。

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