19.受験生

「……」
「……」
 背中に視線を感じる。
 いや、視線なんて生やさしいもんじゃない。
 もはやそれは殺意と 言っていいだろう。
 喉から出てこようとする屈服の言葉を必死で飲み込む。
 俺にはやらねばならない目的があるのだ。
 脅迫に屈するわけにはいかない。
 視線にこめられる感情が、不満→怒り→悲しみ、と移っていくのを感じる。
 負けた。心が折れた。両手をあげたい気分だ。
 頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。
「……なんかようか」
単語帳から、ちらちらと視線を覗かしてくる妹に声をかけた。
無表情な分、瞳の哀切が強調されて心苦しい。
妹は映画が好きだ。俺も嫌いではない。
月に一回は親友と行き、一回は俺と行く。妹の親友もけっこう映画好きらしい。
すくなくと も嬉々として月に一回映画館に足を運ぶ程度には。
映画代も馬鹿にならないだろうに。
順番からいえばたしかに今回は俺の番だ。
つまり俺には妹に付き合う義務がある。
そう、これはもはや慣例と言っていいものだ。ゆえに従う義務がある。
だが、しかし、……今日が初日といっても……。
「明日は入試だぞ?」


テレビで合格発表のニュースが流れ、多くの学生が一喜一憂している。
「ん〜。懐かしいなあ。我ながら不真面目な受験生だったけど」
だが、あのときの映画はなかなか良かった。
「不真面目でも受かってよかったな」
「受かったもん勝ち……」
「勝てば官軍!受験戦争でも同じだな!」
同意するように小さく頷く妹。
妹の親友は苦笑い……いや、同意の笑みを浮かべる。うん、そうに違いない。引きつってるのは気のせいだ。
「やな兄妹だな」
悪友が何かほざいたが当然無視した。

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