18.芋虫な妹

 とある冬の日曜日、午前6時朝帰り。
 機嫌が悪いであろう妹をどうなだめるか考えながら、とりあえず居間のテーブルでコーヒ ーを飲む。
「……寒い」
「!!グ!、ゴホッゴホ!」
 驚いてむせ返る。
 危うく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。
 椅子を少し引いてテーブルの下を覗くと、巨大な芋虫がいた。
 二度びっくり。すわ新種の虫か?と思う間抜けはいない。
 あの悪友なら思うかもしれないが……。
「何やってんだ?」
 芋虫の正体は毛布にくるまった妹だった。
「寝てる」
 我が妹ながら謎だ。そんなのは見ればわかる。何でそんなところで寝ているのかを聞き たいのだ。
「見ればわかる。どうしてこんなところで寝ているんだ?」
「驚いた?」
 会話がかみ合っていない。
「驚いた?」
 もう一度聞いてくる。
 ……いかん。首を傾げるさまが可愛すぎる。凶悪なほどだ。
 たとえ首から下が芋虫でも顔は可愛い。かえってそのギャップが可愛らしさを引き立て ている!その無表情もいい!
 そう思う俺は変だろうか?
「驚きすぎてコーヒーが気管と鼻の奥に入った」
 正直に答えると満足そうな無表情になる。少しは表情を変えて欲しいが、もしかして驚 かすためだけにこんなところで寝ていたんだろうか。
「寒い」
 毛布から脱皮して俺の足の間から出てくる。 「暖房もつけないで寝てりゃそら寒いだろうよ」
 この季節に毛布一枚はいくらなんでも寒すぎる。いくら表情がないといっても体温までな いわけじゃない。
 俺の膝の上へ座ってきた妹の体はずいぶん冷えていた。
「ぬくい」
 体温をよこせと言わんばかりにすり寄ってくる。
 さらに俺の両腕をとって自分の腹を抱えさせた。
 その手の冷たさに躰が震える。
 俺の上に座った妹は当然、軽い。が、やわらかい。
 妹は気にしない。もちろん俺も気にしない。
「苦い」
 そういいながら湯気の出るブラックコーヒーを少しずつ飲む。  ……体温ばかりかコーヒーまでも強奪されていく。
 俺も外から帰ってきたばっかで冷えていた
 せっかくコーヒーのおかげで温まってきたのに、体を妹の冷たさに犯される。
「苦かった……」
 結局コーヒーはすべて飲まれてしまった。
 鬼だ。
 妹はコーヒーをブラックで飲まない。
 だが俺の、熱いブラックコーヒーは飲まれてしまった。
 寒くて身震いをする。それから逃げるように妹は立ち上がると言った。
「おれが先な」
 返事を待たずに居間から出ていってしまう。
 悪魔だ。この女は悪魔に違いない。
 何が先なのか。
 冷えた体を風呂で温めるのが、だ。
 風呂がわくまで飲んでいるつもりだったコーヒーは奪われ、そろそろわくはずの風呂まで とられてしまった。
 寒い。
 暖房は帰ってきてすぐつけたがなかなか温かくはならない。
 少し身震いをして再びコーヒーを入れるべく台所に立つ。
 もちろん今度はミルクと砂糖をそえて。

前へ  目次  次へ