第12話 再接続

 ありとあらゆる生物にとって血液とは生命そのものと表現されておかしくない。
 血とは生命の象徴でもある。
 それは吸血種ですら例外ではない。むしろ吸血種だから重要だったりする。
「だいぶ血が流れたようだな」
 いくら私でもすぐに傷はふさがらない。次々に躰に穴があき、見ることはできないが芝
生は血塗れているだろう。
「けどだいぶ闇を取り込むことができたわ」
 貧血でくらくらするが、さすがに大鎌に寄りかかるなんて無様な格好をさらす気にはなら
ない。
「苦しそうだな」
 幾度目になるのか、槍がのびる。しかしそれは私には向かってこなかった。
「ちっ」
 背後から襲いかかった告死者は攻撃をあっさりと阻まれ再び距離をとる。
 槍は彼女を追撃するが明らかにその数は少ない。
「雑魚は退いているがいい」
「明らかな強がりは見苦しいだけです」
 私が頭痛にさいなまされているのと同様、gYも何らかの苦痛を感じているはずだ。お
そらくそれを強靱な精神力で押しつぶしているのだろう。
 素直に感嘆する。今の私は、そのような強さは塵に等しい。強がるだけの強さすら私に
はないのだから。
 告死者が投げる刀剣を次々と影がからめとる。その隙に接近し鋭いけりを頭部に放つ
が効果はまるでなく、うごめく影に距離をとらされる。
「影に依存したそいつは肉体的に希薄よ」
 それを聞き即座に魔術を構成する告死者はさすがだ。
「これでどうです!」
 私も同時に魔術を放つ。魔術的な攻撃でなければ大きな効果は期待できない。
 青白い雷撃がNo.VIの躰を襲うが、敵は平然として見えた。躰を折るどころか苦悶の表
情さえ浮かべない。
「さすがは円卓の者、というところかしら」
 皮肉では足りず、罵りたい気分になる。
 大鎌を大きく振りかぶり、gYの本体に攻撃を仕掛ける。
 右から大きく薙ぎ払うのを後ろに飛び避けられる。そのまま鎌を躰ごと回転させ、上段
から叩きつける。
 鎌は大地に突き刺さるだけだった。逃げた先を告死者の投剣が襲い、私もさらに攻撃
を仕掛ける。
 足の裏から突き刺さろうとする影を停止させ、左から襲う槍を無視する。
 踏み込みをさらに速め、槍は浅く肩を傷つける。右上から力の限り鎌を振り下ろす。さ
らに左からは投剣が投げかけられるが、鎌を影で防ぎ投剣を右手一本ではじく。
 一秒が何時間にも感じられ、ときには一分が一瞬に感じられる。
 繰り返される攻防。
 No.VIはしのぎきった。
 影は投剣をからめ取り、ときには盾となった。さらに槍となり、矢となった。
 私たちは凌ぎきられた。
 確実に影への侵食は続いている。だがこのままではフューキはおろか自分すら危険に
なる。
 告死者はすでに死力を尽くしている。
 力は私の方が強い。告死者も決して弱くはない。人としては望外なほどだ。だがそれで
も均衡はなかなか崩れない。
 戦うのが巧い。踏み込む瞬間に影で攻撃され、攻撃しようと思えばする前に避けられ
る。捉えたと思えば防がれ、二人同時に攻撃を受けようとはしない。攻撃が成功しても影と肉体を効率よく使い、少ない支配できる影を使うのを最小限に押さえている。
 時間は過ぎる。戦いは終わらない。
 
 焦り。

 還らぬ時とともに彼をなくすわけにはいかない。
 可及的速やかに決着を、それには悔しいが影を食い尽くすのがもっとも早い。
 告死者は肩で息をしている。
「ちょっと」
「なんですか」
 お互いいらだちと焦りで口調がとげとげしい。だがそんなことは気にする価値はない。
「十秒でいいから稼ぎなさい」
 帰ってこれないかもしれない。しかし他に優先すべきことがある。
「それくらいできるでしょう?無能でないのなら」
 痛む頭から慣れない皮肉をひねり出す。
 彼女は親切にもそれに乗ってくれた。「当然です」と。

 大鎌の刃を地面に深く突き刺す。
 〈回線〉をさらに広げ〈世界〉に干渉する。広げすぎると反対に自分が侵食され、存在が
変異する可能性がある。変わってしまったそれはもう、今の私じゃない。
 自分が自分でなくなる。
 ひどく恐い。
 今まで恐怖を感じたことはなかった。だって何かに、自分にすら執着することなんてなか

ったんだから。
 なのに今は違う。
 今の私が消えるのが嫌だ。何度も私という存在は変異してきた。省みるに、良いように
変わったこともあれば最悪な場合もあった。
 さっきはそんなことがないよう接続は不完全だった。〈世界〉に与える影響が少なければ
受ける反作用も小さい。
 だが〈回線〉を広げると自分という存在が〈世界〉と混ざってしまう。
 肉体という器があるため、私という存在は外観は変わることなくそこに居続ける。
 だが中身という精神はかなりの確率で変容してしまう。
 そのぶん扱える容量は絶対的なほど救いがない。何百年、何千年と悪魔だ魔王だと蔑
まされてきたほどに。
 笑うしかない。けど笑えない。
 だから彼の前ではこの力を解放したくなかった。
 安堵する。
 視線を向けた先で彼はまだ気を失っている。それはそうだ。彼は重体なんだから。
 この力も本当は彼に話さなければならない一つだと思う。
 昨日という機会でも明かす勇気は絞り出せなかった。
 他の二つは私そのものに原因があるわけではない。
 けどこの力は私そのものだ。
 この力は私という存在の原因であり根源である。
 これが否定されてしまえば、自身のすべてに対する否定に他ならない。
 卑怯だとわかっている。浅ましいと知っている。滑稽だと感じている。
 それでもだ。
 そして私が私であるところを、見られたく、なかった。

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