第15話 不変を望む
彼女のことは世界で一番良く知っている自信がある。もっとも彼女には自分以外に親しい者がいないけど。
「最近私変じゃない?」
「は……?」
知っているといっても、彼女自身支離滅裂な……いや、個性的で愉快な性格をしているので色々と楽しませてくれる。欲しいものを欲しくないと言ったり、なかなか天の邪鬼だ。
「変っていうか変わったところ、ない?」
そういわれてつま先から頭のてっぺんまで順に観察する。
「別に痩せたってことはないよな」
「測ってないからちゃんとはわからないけど、太ったってこともないと思う」
体形の変化はないと思ったが正解だったようだ。
今のままでも十分細いのにこれ以上どう細くなるというのだ。むしろ少しくらい太った方が健康的だと思う。服を買いに行ったとき測ったことがあったが、アイドルがさばを読んだ値と同じくらいしかなくて驚いたことがある。
「胸も大きくなってないわよ」
視線を上にずらし、じっとバストを見つめていた俺にリーが先に告げる。
「残念だけど」
「残念?」
思わず聞き返してしまう。
「だって普通男って大きい方が好きなんでしょ?」
確かにそうかもしれない。雑誌なんかを見てると不思議なほどにでかい女性が写真を飾っている。
「俺は普通じゃない」
どちらかといえば小さい方が好みだ。大きいと退いてしまう。
「そっ」
少し安心したのか頬を赤らめる。
可愛い。
「別にピアストかもつけてないし、化粧もしてないよな」
「私にそんなの必要ないでしょ」
つんとすまして言う彼女は傲慢ではなく事実装飾品の助けを必要としていなかった。
が、頬赤らめているようでは別の意味で必要ないのかもしれない。
格好いい外見に反し、中身はまだ可愛いほど子供だ。
「髪は……」
「切ってないわよ」
「ごめん、お手上げだ。わからない」
観念して軽く両手を挙げる。久しぶりに上下とも黒の服を着ているが、少し前はいつもそうだったし、それくらいしか本当にわからなかった。
質問したのは何か気づいて欲しいことがあったのだろう。しかし長い髪はいつもと同じように背に流しているだけで、服装も変わらず、装飾品もつけていない。
座りながらだが姿勢を正す。
面白くもないドラマや漫画、小説を参考するに、恋人の変化に気づかない男は殴られても仕方がないようだ。
「首がふっとばない程度にお願い」
「やだ何いってるのよ」
覚悟決めた俺に彼女はさも可笑しそうに笑い声を挙げる。
「別に変わったところがなければそれでいいの」
「そうなのか」
甲斐性なしの烙印を押されずに少し安心した。
「うん、それでいい」
一瞬だが物思いに耽るような、安堵とも不安とも言えない表情を覗かせる。
とっさに彼女の腕を掴む。
「なに?」
「……いや、別に。……そうだ、その、出かけよう、天気もいいしさ」
「吸血鬼らしくない台詞ね」
俺の変なセリフに暗い表情ではなく、明るく笑ってくれた。
「吸血鬼の言ういい天気って普通、曇り空を指すのよ」
今日は小春日和というヤツで、外はまぶしいくらいだ。
「いいじゃないか、俺もリーもこれくらい平気なんだから」
自分の変人ぶりを苦笑して誤魔化す。リーはともかく自分は平気といっても体力が削り取られることは避けられない。
とくに着替える必要もないのでリーの腕を掴んだまま外に出た。
強い日差しに少しめまいがしたが無視を決め込む。
それでもある意味陽光は心地よく、心が洗われるようだった。
「大丈夫?」
心配そうな彼女に軽く大丈夫、大丈夫と繰り返し、腕ではなく手を握り軽くひっぱる。
「さ、行こう」
彼女がいつものように明るくなることを願って、俺たちは太陽の下に飛び出した。
リーの表情に感じた不安も、晴れることを願って。